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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)87号 判決

原告 米田嘉助

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三二年抗告審判第二一四一号事件について昭和三五年七月二五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三一年三月一二日特許庁に対し「豆腐製造方法」についての特許出願をし、同年特許願第六三一〇号事件として係属したところ、昭和三二年九月一七日その拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年一〇月一八日特許庁にこの拒絶査定に対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第二一四一号事件として係属したが、同庁は、昭和三五年七月二五日右請求は成り立たないとの審決をし、その審決の謄本は同年八月三日原告に送達された。

二  原告の本件出願にかかる発明は、「濃厚な豆乳を予め凝固剤を入れたポリエチレン製袋の中に自然落下により流し込み、流入時の乱流によつて自動的に豆乳と凝固剤を混合攪拌させ袋の中で凝固させることを特徴とするポリエチレン製袋入り豆腐製造法」であるところ、本件審決は、原告の右豆腐製造法に対し、本件「査定の拒絶理由に引用した特許出願公告昭三〇―七一八三号公報には、濃厚豆乳と固型剤(凝固剤の別称と認める)を別々に混合攪拌噴出器内に導きこれを混合攪拌して成形型枠内に導入する栄養豆腐製造方法について記載されている。」とし、両者を対比して、「引例には濃厚豆乳と固型剤を容器内に自然落下により流し込み、又その容器にポリエチレン製の袋を使用することが記載されていない点で本願方法と相違しているに過ぎずしてその他の点では一致している。しかしながら、濃厚豆乳と固型剤を自然落下により容器内に導入することは本願方法も引例と同様に格別の差異がなく操作上極めて普通のことであり、またこれ等が落下すれば、容器内に乱流が生じて自然に混合攪拌が生ずるのは当然のことである。ただ引例の場合豆乳と固型剤の混合均一化を充分にするためこれ等を容器に導入する前に予め混合攪拌の操作を施すに過ぎないものである。また、ポリエチレン製の袋は食品包装容器として周知のものであるから、この点引例に記載されていなくともこれを豆腐容器として使用することは容易にできる程度のことである。従つて本願発明はその出願前に国内に頒布された上記刊行物に容易に実施することができる程度において記載されたものであつて旧特許法第四条第二号の規定によつて、同法第一条の新規な発明と認めることができない。」としている。

三  けれども、本件審決は、つぎの理由により違法であるから、取り消されるべきである。

(一)  引例には濃厚豆乳と固型を容器に自然落下により流し込みまたその容器にポリエチレン製の袋を使用することが記載されていない点で本願方法と相違しているに過ぎずその他の点では一致しているとする審決の見解は、本願方法と引例との作用効果は等しいとの速断に立つもので誤つている。

引例の方法は、その特許請求の範囲に記載されているとおり、濃厚な豆乳と固型剤とを別々に圧縮空気によつて混合攪拌噴出器内に導いて混合し、さらに、これを成形型枠に導入することが特徴である。すなわち、(1)引例では、凝固剤と豆乳との混合を圧縮空気の力を借りて行うことにしていて、この圧縮空気の使用は原料の落下、混合を単に補助するためのものにとどまらないのであり、このことは引例の明細書中発明の詳細なる説明の項に「斯る濃き原料液体を使用するときは固形剤との混合不十分にして豆腐を成形するに困難なるを以て混合攪拌噴出器を使用して実験上多大の成果を挙げたるものなり。」と記載されていることから明らかである。ところが、本願の方法は、あらかじめ凝固剤をいれた容器に豆乳を勢よく注入し、その際の乱流によつて攪拌混合するのである。この注入に当つては、圧縮空気等の動力を必要とせず、ただその一方法として乳液槽すなわち豆乳容器とポリエチレン製袋すなわち凝固容器との間の落差を利用することができるのである。このことは、本願発明の詳細な説明の項にも示されている。また、(2)引例の方法は、混合液を従来どおり型枠に流し込んで成形するのであるから細菌侵入の可能性も従来と変らず、衛生的な製造工程を得るための考慮はまつたく払われていないのに反し、本願の方法は、適当な容器の中で混合攪拌してそのまま容器ごと商品とするのであつて、容易に細菌の侵入を防ぐことができるから、栄養豊富な豆腐を特別な動力を使用しないでしかも極めて衛生的に製造するためのまつたく新規な方法である。

また、本願発明の包装容器たるポリエチレン製袋は、単に包装用として使用されるばかりでなく、製造用装置として使用されるものであつて、製造が終つて容器となるものである。本件審決は、この製造用装置としての役割をまつたく無視してしまつた。

(二)  濃厚豆乳と固型剤を自然落下により容器内に導入することは本願方法も引例に記載された方法と同様に格別の差異がなく操作上極めて普通のものでありまたこれらが落下すれば容器内に乱流が生じて自然に混合攪拌が生ずるのは当然のことであるという審決の見解は、本願発明の混合攪拌の技術的特性を無視した形式論に過ぎない。

(1) 元来、混合攪拌という操作は、工業的に広く行われている操作であつても、その操作が技術用材および対象(製品)と結着し、技術力となつて一つの技術方式を構成した場合、その混合攪拌は、もはや一般的観念における混合攪拌とまつたくその内容を異にするものである。これを本願発明について見ると、乳液槽とポリエチレン製袋との高さの差(落差)、豆乳の濃度、温度および凝固剤のパーセンテージによつて製造の可否がきまり、その製造の範囲に一定の限度のあることが研究によつて明らかにされたのである。つぎに順次述べる本願発明完成までの研究過程を見れば、本発明の混合攪拌が単なる混合攪拌の観念と内容を異にするものであることを理解できるのである。

すなわち、(i)最初ポリエチレン製袋に適量の豆乳を入れ、ついで凝固剤を投入し袋とともに激しく振動攪拌した(攪拌不十分、製品不均質となる。)。(ii)ついで、凝固剤と豆乳とを一定割合で別の容器中で混合し、す早く袋に注入した(時間の経過とともに容器中の豆腐が固まり袋への注入不能となる。)。(iii)約三七五cc入り袋に凝固剤七・五グラムを少量の水に溶解して袋の底に入れておき、約一メートルの高さから六五度の豆乳をビニール管を使用し自然落下により注ぎ込んだ(凝固作用不十分)。(iv)注入時の攪拌を十分にするため落差をしだいに高め一・五ないし二メートルに増し、さらに二五メートルに増した(凝固作用適当となつたが、「寄りすぎ」すなわち固まりすぎを起した。)。(V)「寄りすぎ」を除くためには豆乳と凝固剤との混合の際の温度が微妙に関係することを知り、豆乳の温度を六〇度まで下げ、また凝固剤の量を六グラムに減じて見た(一応商品となりうるほどのものを得たが味が劣る。)。(vi)さらに、風味をうるため豆乳の温度を上げ六七度ないし七〇度位とし、凝固剤を一・一グラムにまで減らすことに成功した(固さ不十分)。(vii)さらに、温度を上げるため高温に耐えるハイゼツクスという商品で市販されているポリエチレン製袋を得、その使用により豆乳の温度を八五度まで上げ、凝固剤も三・七五ないし四・五グラム使用し、完全な商品を製造することができた。しかもなお、凝固剤の量は、原料の品質により幾分の増減を必要とした。

(2) 本願発明は、あらかじめ凝固剤を入れたポリエチレン製などの容器に豆乳を勢よく注入し乱流を起させて攪拌混合するものであるが、この乱流とは、豆乳を流出させるビニール管の口端を袋の内側の壁につけてその壁一面に豆乳を拡げながら下降させ底面に達したならば、さらに上方に上つて中心に巻き込むように流転させるものであつて、この乱流が適切に行われないと製品がいわゆる「寄りすぎ」のものとなり袋の中で亀裂ができて所期の製品がつくれない。したがつて、乱流は、本願発明の最も重要な構成要件である。

(3) 本願発明と引例の発明とは、豆腐製造中に多量の水を含んだ豆乳に凝固剤を加えこれを布でしぼる工程をまつたく省き栄養豊富な豆腐を作ることを目的とした点で同一であるが、両者は、この目的を達成するための技術的内容が異なつているばかりでなく、製品も、本発明ではポリエチレン製袋入りであることが特徴であるのに対し、引例のものは成形型枠を使用し従来の製品と変らない。しかも、本発明のものは、何ら機械を使用せず液体の自然落下を利用するので、生産費が著しく低減し品質も優良で栄養価の高い製品を容易に製造できるのに対し、引例のものは、空気圧縮機や混合攪拌噴出器等を使用するため設備費等に多大の資本を要し、かつ操作が複雑で調整が困難なためコスト高となり採算がとれず、いまだ実施されたことを聞かない。本願発明においては、特に落差を利用して混合攪拌する点に特長があり、かつ、豆乳の濃度、温度、あらかじめ袋内に注入しておく凝固剤のパーセンテージ等によつて発明を完成したものであつて、これが本件審決のように混合方法として容易に考えられるというものではない。そして、本願発明の出願当初の明細書にも、右の落差の調節については、「之に上記の豆乳を勢良く流し込み、流入時の乱入によつて自動的に豆乳と凝固剤を混合せしめ、該容器の中で疑固させて容器のまま商品とするのである。」と、また、風味を生ずる特定条件については、「この際煮沸用の水を従来の三分の一以下にする。例えば従来一斗の大豆に対して水を三斗乃至三・五斗使用していたが、本発明を実施する為には、水を一斗位の割合にして濃度の高い豆乳を作る。次に商品として適当の大きさの、適当な容器例えばポリエチレン製の袋等に予め必要量の凝固剤を充填して……容器の中で凝固させ(密閉状態で)て容器のまま商品とするものである。」と記載されているのである。したがつて、本願発明にかかる豆腐製造方法における混合攪拌の技術の特性を無視し混合攪拌の一般的概念にとらわれこれを混同した審決は違法である。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求める。

二  原告主張の請求原因第一、二項の事実は認める。

同第三項の点は争う。(一)の(1)の点については、引例の方法においても、本願発明におけると同様に、凝固剤と豆乳は自然的に落下して混合するように設備され、ただ引例では圧縮空気はこれら原料の落下を補助し混合をよくするために使用するに過ぎず、原告の指摘する引例の明細書の記載「斯る濃き原料液体を使用するときは固型剤との混合不十分にして豆腐を成形するに困難なるを以て……」の中に「混合不十分」とある以上、圧縮空気の使用は明らかにその混合の不十分さを補充するためのものであるから、審決に誤りはない。(一)の(2)の点については、食品を容器の中で混合攪拌しそのままこれを商品化すれば衛生的であることは、本願方法に限られず、食品一般に通ずることである。本願発明における豆腐の包装容器が製造用装置の一部として混合攪拌にも利用されるとしても、これは、容器本来の使用方法の一種に過ぎず、本願の場合の容器が特定用途に用いられているものとはいえない。ポリエチレン製の袋が食品包装容器として周知でありこれを豆腐容器として使用することは容易にできる程度のことであるとした審決は妥当である。(二)の点については、豆乳と凝固剤とが均一に混和されないと良質の豆腐が得られないことは古来周知のことで、この点は容器の形状、種類および大小に直接関係がない。ただ、豆腐と凝固剤とを均一に混合するために、原料の落下速度を大にする手段として、引例では圧縮空気を使用し、本願方法では単に原始的手段を採り原料の位置をあげているという差異があるに過ぎない。また、この落差の調節については出願当初の明細書には記載されていない。豆乳と凝固剤との反応温度、使用割合等の関係については当業者の熟知するところであつて、本願のものが特に風味を生ずる特定条件のものであるわけではない。この点についても、出願当初の明細書に記載されていない。ポリエチレン製袋の使用についても審決にいうとおりであり、ハイゼツクスという商品のポリエチレンの袋を使用する点は知らない。いずれにしても、審決には不当の点がない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一、二項の事実(特許庁における審査および審判手続の経緯、原告の本願発明の特許請求の範囲および本件審決の内容)は、当事者間に争がない。

ところで、本願発明は、その特許請求の範囲に記載されているとおり「濃厚な豆乳を予め凝固剤を入れたポリエチレン製袋の中に自然落下により流し込み、流入時の乱流によつて自動的に豆乳と凝固剤を混合攪拌させ袋の中で凝固させることを特徴とするポリエチレン製袋入り豆腐製造法」であり、一方、本件審決が引用した特許出願公告昭三〇―七一八三号特許公報(乙第一号証)には「水漬けせる原料大豆を擂砕せるものに重量比二〇%の水分を加え之を蒸熱圧縮して得たる豆乳を摂氏六〇~七〇度に於て固型剤と別々に圧縮空気に依り混合攪拌噴出器に導きて之を混合攪拌して成形型枠に導入することを特徴とする栄養豆腐製造方法」の記載があつて、この豆乳は、約八〇パーセントの水分を含有し、従来普通の豆腐製造法における豆乳に比して濃厚な豆乳であることが明らかにされている。

審決は、本願方法と引例に記載された方法とを比較検討し、「引例には濃厚豆乳と固型剤を容器内に自然落下により流し込み、又その容器にポリエレチン製の袋を使用することが記載されていない点で本願方法と相違しているに過ぎずしてその他の点では一致している。」と認定し、そのうえで、濃厚豆乳と固型剤とを自然落下により容器に導入することは、本願方法も引例も格別の差異がなく操作上極めて普通のことであり、また、この自然落下により容器内に乱流が生じ自然に混合攪拌が行われることは当然であるし、ポリエチレン製の袋は食品包装容器として周知であるから、結局本願発明はその出願前国内に頒布された右刊行物に容易に実施することができる程度において記載されていたものであつて、旧特許法第四条第二号の規定によつて同法第一条の新規な発明と認めることができないとした。

二  本願発明は、成立について争のない甲第一号証と以上認定の事実に弁論の全趣旨を合わせ考えると、(一)濃厚な豆乳と凝固剤とを用いること、(二)製品の容器となるべきポリエチレン製の袋の中にあらかじめ凝固剤を入れて置くこと、(三)この袋の中に自然落下によつて豆乳を流し込み、流入時の乱流によつて豆乳と凝固剤との混合攪拌を行わせること、(四)この袋の中で凝固させてそのまま商品とすることを構成要件とするものであり、最終製品の容器となるべきポリエチレン製の袋の中で混合攪拌凝固が行われる結果として、豆腐の製造中に半製品が外気や人の手に触れないから極めて衛生的に操作ができ、また、型枠等が不要であるから設備費が少なく作業面積も少なくてすみ、綿布のような消耗品がいらないから経済的でありかつ不潔にならないし、製品の取扱が簡単で形崩れすることがなく、比較的長期の保存に適する等という効果があることが認められる。

そこで、以上の各点についてこれを引例の方法と対比しつつ、本件審決の当否について判断する。

三(一)  本願発明と引例記載の方法とが、ともに濃厚な豆乳と凝固剤(これが引例にいわゆる固型剤と異なるものとは認められない。)とを用いて豆腐を製造するものである点において一致していることは明らかである。

(二)  つぎに、濃厚な豆乳と凝固剤との混合方法について見ると、本願の方法においては、凝固剤をあらかじめポリエチレン製の袋の中に入れておきその中に豆乳を自然落下により流入しその際に生ずる乱流によつて混合攪拌を行わせるのに対し、引例の方法では、豆乳と固型剤とを別々に圧縮空気により混合攪拌噴出器に導いて混合攪拌を行うのである。成立に争のない乙第一号証(引例の特許公報)によれば、この引例の方法においては、「一切の水分を捨てざる様に最初より完成豆腐の水分(八五%)と等しき原料液体を其のまま最後まで使用するもの」であるところから、「斯る濃き原料液体を使用するときは固型剤との混合不十分にして豆腐を成形するに困難なるをもつて混合攪拌噴出器を使用し実験上多大の成果を挙げるにいたつたもの」であることが認められ、ひいて、尋常の手段では混合攪拌が不十分であり、混合攪拌噴出器を使用することによつてはじめて所期の豆腐を得るに適する混合攪拌ができたものと解され、この混合攪拌噴出器は圧縮空気によつて作動するものと説明されているから、この圧縮空気が被告の主張するように単に豆乳の自然落下を補助するにとどまるものと解すること困難である。したがつて、豆乳と凝固剤との混合方法の点については、本願発明を引例の記載と対比する限りでは相異なつているものというべきである。

けれども、本願発明における自然落下による混合攪拌の方法は、審決も指摘するとおり極めて普通のことであり、原始的な混合攪拌の手段である。原告は、右のような自然落下による混合攪拌の操作も特定の技術用材ないし対象と結合した場合には特別の技術方式を構成するにいたるとし本願発明の経緯にまで及んで主張し、さらに、この自然落下によつて生ずる乱流のでき方についても主張するところがあるけれども、これらの主張にそう事項については、本願発明の特許請求の範囲に規定されるところがないのはもちろん、詳細な説明の項にも何ら言及されていないのである。しかも、この乱流については、本件においては乱流の説明ないし定義がどうあろうとも、発明の目的が豆乳を凝固剤と均質に混合させて豆腐を作ることにあり、「流入時の乱流」がその目的のために特許請求の範囲その他において記載されていることを考えれば、十分な混合攪拌が行われず商品となりうる豆腐ができないような乱流は、本願発明にいう乱流とはいえないこともちろんであり、要は商品にふさわしい豆腐ができるかどうかにあつて、乱流のでき方自体が本願発明の構成要件となるものではないから、乱流のでき方についての原告の主張は本件につい重視するの要を見ないと考えてよい。また、豆乳の自然落下による混合攪拌についても、このような方法によつては、濃厚な豆乳と凝固剤とを均質に混合することは、ことに原告の主張からうかがわれるさして口径の大きくない一メートルないし二・五メートルのビニール管を用いてこれが行われる場合には、むしろ容易に所期するような混合攪拌の結果を得難いであろうとさえ考えられないわけではないのであるが、一方で、本件発明が後に注入される豆乳に比してごく少量の凝固剤をまずおよそ豆腐一個分の分量に相当する程度の容量の袋の中に入れておき、これに主材料である豆乳を注入するという工程をとることを考え合わせるときは、かかる豆乳の自然落下の方法によつても所期の混合攪拌の結果に達しうるであろうことが推認でき、この場合、以上のような自然落下による混合攪拌は、流入される豆乳の温度の点を考慮しても、まさにきわめて普通にありうる原始的な自然落下による混合攪拌と同じ実質のものとなると考えられる。これと異なる判断をさせるに足りる証拠は何ら存しない。したがつて、結局自然落下によつて生ずる乱流による濃厚な豆乳と凝固剤の混合攪拌については、特別な技術方式としての新規性を認めるに足りず、この点についての本件審決の判断を不当とすることはできない。

(三)  ついで、本願発明における、ポリエチレン製の袋の中で凝固剤と濃厚な豆乳とを混合攪拌しそのまま凝固させて豆腐を製造し、この袋を製造用装置として使用するとともに製品の包装容器とする点について見ると、引例の特許公報にはこの点に応ずる記載がない。凝固剤と豆乳とを混合攪拌噴出器に導いて混合攪拌しさらに成形型枠に導入することを特徴とする引例は、従来の方法と同様成形型枠(もつとも、在来の製法においては型枠に混合された原材料を流入した後水分を絞つて成形するのに対し、引例の方法においてはこの絞る工程がなく型枠は水を通さないようにできている相違がある。このことは前示乙第一号証から認められる。)に豆乳と凝固剤とを混合したものを導入して豆腐を成形するものである。これに対し、本願の方法は、ポリエチレン製の袋の中であらかじめ入れられた凝固剤と濃厚な豆乳とを混合しそのままこれを固凝させて豆腐の容器入り完成品とするものであつて、これにより、引例における成形型枠使用の工程を不要ならしめながら成形のための実を挙げている点において引例と異なる方法となつており、これはポリエチレン製の袋を豆腐製造という特定の用途に用いているものであり、この袋を容器本来の使用方法に供しているにとどまるものでないことを明らかにするものである。しかも、これがひいて、本願発明につぎの(四)に示す特別な効果を備えるにいたらせているのである。

したがつて、審決のいうとおりポリエチレン製の袋に食品類を入れて包装容器とすることが周知に属するとしても、これからただちに、ポリエチレン製の袋を右のように製造用装置として使用するとともにこれを製品の包装容器として使用する本願の豆腐製造方法が、引例の刊行物に容易に実施できる程度において記載されているものとして旧特許法第四条第二号の規定にいう新規性を有しないと断じ難いといわざるを得ないから、この点について原告の意見を徴したうえ判断を示すなど何らかの挙に出ることなく、そのままポリエチレン製の袋に食品を入れて包装容器とすることが周知であることから本願発明が右法条の新規性を欠くものとした本件審決は、審理を尽さず理由不備のそしりを免れない。

(四)  さらに、右(三)のとおり最終製品の容器となるべきポリエチレン製の袋の中で原材料の混合攪拌凝固が行われる結果として、本願発明が凝固剤と豆乳とを混合した原料液をつくりついでこれを型枠に流入して水分を絞りつつ成形する公知にかかる従来の方法や引例の方法の有しない効果、すなわち、豆腐の製造中に半製品が外気や人の手に触れないから極めて衛生的に操作ができ、また型枠等が不要であるから設備費が少なく作業面積も少なくてすみ、綿布のような消耗品がいらないから経済的でありかつ不潔にならないし、製品の取扱が簡単で形崩れすることがなく、比較的長期の保存に適する等という著しい効果を有することは、先に認定したところより明らかである。本件審決は、この効果の点についても考慮をめぐらしたことがうかがわれず、ただ本願発明について前示法条を引いてその新規性を否定したにとどまる以上、この点においても、審理を尽さず理由不備のかしがあるものといわなければならない。

四  右のとおりである以上、本件抗告審判の審決は、前項(三)および(四)の点において審理を尽さず理由不備の違法があり取消を免れないから、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 入山実 荒木秀一)

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